神の業のため
みことば ヨハネ9:1-12

 高齢者が幸いであるためには、霊的、永遠的な世界を持たなければなりません。主は、生まれながらの盲人を見て「・・・・神の業がこの人に現れるため」と言われました。
苦難には、
神の目的がある。
主の御心は、人が苦難によって、神の救いの業を知るようになることです。人は苦難によって自分を知り、神を渇望するからです。
神の時がある。
人にとって夜は、神にとって昼であり、恵みの時、救いの日でもあります。苦難によって、人は心の貧しい者、神により頼む者となることができるからです。
神の道がある。
主は盲人に「シロアムの池に行って洗え」と言われ、癒した方が救い主であり、永遠の命を与えることを教えられました。
(説教者 : 北尾 欣三 師)